家族親戚関係の中で、極めてユニークかつ誇れる存在なのが、
じいちゃん
である。母親方のじいちゃんは、なんかいつも強いインパクトを残していた。一緒に住んでいたわけではないが、未だに時折このじいちゃんの存在が思い出される。
岐阜県に住んでいたじいちゃんは当時趣味で野菜を育てていた。よくおすそわけだといって関東の方へも送ってくれた。
まずここで懐かしの定番の電話。
じ「野菜送ったで」 ガチャ
ち「あ、元気?」
… ツーッツーッツー
ち「もしも…し」
ち「あ」 ガチャ:oops:
次に懐かしの [青春18切符] 夏、冬二回、それは毎年繰り返される関東への訪問。2枚は往復、残り三枚は朝から夕御飯時間まで好きな所へ出かけるという、じいちゃんスタイル。私も一緒に付き合ってもよい回が何度か会って、とてもお世話になった。夕食後は必ずゲームして一緒に遊んだ。トランプゲームはいっぱいしたが、プラスチック製のその52枚のカードには一枚一枚つばをつけていたのが今でも目に焼き付いている。おそらく今も蓋を開ければ当時の、まいいや。
ああ、懐かしい。
幕張モーターショーは、何か毎年行っていたような気がするが、今思えば車を見に行っていたとてっきり思っていたが、ここでじいちゃんの面子をつぶすような話題をするようなつもりは決してないが、まさかモーターショーの醍醐味は、なんて…
でも興味の幅が相当広い中でも、テクノロジーとか、近未来が入っていたように推測できる。何かと面白いじいちゃんだった。
このじいちゃんの存在は、もう間違いないと決定づけたのは、[青春18切符]を使用して今日はどこへ行ってきたかと、いつものように尋ねれば、房総半島。館山の方へその日もローカル線で、特に内房の方は線が少ないのでさも、時間がかかったであろう。
友人に会ってきたという。62年ぶりに、
会ってきたという。
家族一同「60 え?」
耳にイヤホンをつけていてしょっちゅう人の話を聞いているかのようで、まるで聞いていない。
家族一同「へー、よく会えたね、すごいねー。」
聞けば、こないだの同窓会の名簿だかで、まだ生き残っていたその友人の名前と住所を控えていて、なんと
アポなしで
家族「えー」 ぎゃはははっはははははは
その友人さんの家で、お茶飲んでその日は夕食時には、もううちに居たんですが…。
内心すげーカッコイイと思っていた。もうなんかそれが普通ですよー、本人としてはその感覚が、もう基本として何もおかしくないぐらいの感じ、だったんでしょうか。私の中では、歳月を超えて突然現れたその、
なんでしょう、再会のその大事な瞬間に交わされた会話なんとやら、その友人さんの、
友人さん「どちら様…でしょうか」
そーだろなー。62年ぶりでしょー。本人いわく、その後すぐに思い出してもらえたそうですが。
じいちゃんとは、私がヨーロッパに来る一か月前に、会ったのが最後です。会ったというより、少し見た、とい感じが正しいかも。ちょっと会話、みーんなで話したという感じ。その2カ月後、亡くなったという報告を受けました。
実は、まだ生前のころ、私がグアテマラに住んでいた時、じいちゃんが自伝じゃないけど、ちょっと記録したものを実家の方へ送ったとの報告があり、是非読みたいので転送してもらえないかと、グアテマラに送ってくれないかと頼んだ。どうしても読みたかった。グアテマラの郵便事情は時にひどいので、ときに、いつもじゃないよ、なので多少の懸念があったが、無事手元に届いた。
正直、読み進めて驚いた。
まず、その表紙。
自らの描いたイラストだった。私も大好きなヤシの木が堂々と2本立っていて、
私も何度か見た南十字星が縦向きにあった。私は縦向きには見たことがなかった。

正直この時点で長いこと眺めていた。もうわかっていたそれはどこを指すのか。
戦地のフィリピンのある島での記憶、だった。
もしかしたらむかーーし私に語ったことが一回でもあったかもしれないが、実際私にとってはその内容は初めて触れるものだった。
グアテマラで読み進めるや否や、まじでびびっていた。そんな過程があったとは。
このサイトを本格的に用意し始めた頃、いろいろ書き始める前にこの、じいちゃんの存在を紹介なしで始められないと、考えていた。家族の人、親戚の皆さん、いとこたち、友達とか関わっている人、特に自分が好きな人それぞれ大切だけど、
歳をとった時に記憶として残るのは、
限られていると。そのありがたい記憶の中に、こんなにも鮮明に、そんなことが、
35ページあるこの本は、6ページから21ページが
じいちゃんの言葉で、当時の記憶を元に、戦争で体験した内容が書かれている。
去年イタリアで再会できた両親から、袋とじでガムテープで製本されたこの冊子、コクヨノートに直筆でその白黒コピーなんだけど、今再び預かったので、
早速内容を何回かに分けてタイプして見る。約半年前に親戚にはこの許可を母親を通してとってある。他の内容も人生の行事や、経験したことを書き連ねてあるうちの例えば、こんな話、
「茨城県の万博見学で一番驚いたこと→ 1本のトマトでその実が1万5千個もなっていたこと」
横浜博の件が続くのですが、ここに唯一登場します。
「横浜の博らん会にも見学しました。ここへは2時間かかるので朝から行きました。この時は下の孫と2人でした。夕方になったのでもうかえろうと云ったが、まだ見ているというのでおそく迄見学した。」
うーーーーーーーーーーーん。このわずか数行の中に、やばい描写されてしまっている。
今回はいろいろある内容の、戦争の部分だけを抜粋することにする。



